夕闇迫る茂市駅で出発を待つ、18時35分発岩泉線下り最終687D（左）。岩泉線はこの駅で、盛岡と三陸沿岸を結ぶJR山田線に接続する。例の跨線橋を渡った向こう側の山田線のホームでは、上下列車の交換が行われていた。

「急行はやちね」「急行そとやま」など、山田線に何本も急行列車が走っていたころの茂市駅は、列車の分割併合も行われた、この地方の交通の要衝であった。急行列車も貨物列車も消え、運転本数が激減してしまった今では、朝と晩の一日二回しかないこのわずかな一瞬だけが、往年の栄光をフラッシュバックさせてくれる。

687Dが岩手和井内駅に滑り込むと、数人の客が改札口へと吸い込まれていった。彼方へと伸びる線路の先には、人跡稀な押角の深い山々が続くばかり。この峠道を越える頃には、車窓は漆黒の闇の中に沈む。

時間調整のためか、いつもより少し停車時間が長い。珍しく車掌がホームに出て客を待っている。気動車のアイドリングの音だけが、谷底に静かに響く。群青色に染まりゆく風景の中で、私はどこか遠い世界へ誘われているような、不思議な感覚に陥った。

20時18分、上り最終688D宮古行きが岩手刈屋駅に到着。これが岩泉線を走る本日最後の列車である。比較的民家の多いこの駅の周辺も、こんな時間では流石に静まり返っている。誰も降りず、誰も乗らず、申し訳程度の停車時間で列車は慌ただしく出発していった。

列車が去り、ホームに上がって上空を見上げると、満天の星空が広がっていた。