8 第３章　大山塊に囲われた「鉄道情景の箱庭」　9/20 10

鉄道員（ぽっぽや）の情景

茂市　Canon EOS1N HS　EF 70-200mm f2.8 L USM　RDP3（許可を得て撮影）

昭和61年、岩手和井内・浅内両駅が無人化されたのを契機に、岩泉線は茂市～岩泉間38.4km全線で一閉塞の、単線行き止まりの路線となった。以来、始発駅であるこの茂市駅が、岩泉線全線の運行を司る中枢であり続けている･･････　と言うとちょっと大げさだろうか。

閉塞方式というのは、平たく言えば、列車の正面衝突や追突を防ぐためのルールのことである。一般的には信号機のシステムのことだと思ってもらえればよい。行き違い施設もなく、ただ起点から終点まで二条のレールが38.4kmダーッと続いているだけの岩泉線に、そんな大げさな信号システムなど要らない。

岩泉線の閉塞方式は実にシンプルだ。この写真で駅員が左手に持っている輪のようなもの、これをタブレットと言うのだが、このタブレットを持った列車だけが岩泉線に入線できる。次の列車はタブレットが茂市駅に戻ってくるまで岩泉線には入れない。ただそれだけである。

茂市　Canon EOS1N HS　EF 70-200mm f2.8 L USM　RDP3（許可を得て撮影）

列車の出発時刻が近づくと、駅員は運転手にタブレットを渡し、手旗で出発の合図を行う。奥に一応出発信号機（岩泉線唯一の信号機）があるが、駅員による手旗の出発の合図は必ず行われている（なお夜は手旗でなくカンテラで行う）。雨の日も、雪の日も、列車が走る限り必ず･････

駅員がホームに出て列車を見送るというのは、かつてはどこにでも見られた光景だった。だが、全国各地のローカル線で進められる列車のワンマン化・駅の無人化に比例して、タブレットを使った非自動閉塞は、次第に信号システムによって制御される自動閉塞へ切り替えられ、運行管理業務から開放された駅員はホームに立たなくなった。

岩泉線の「鉄道員（ぽっぽや）」は、21世紀に残された奇跡と言っても過言ではあるまい。駅員がホームに立たなくなった他の鉄道を撮っていると、そのことを痛感する。

茂市　Canon EOS1N HS　EF 17～35mm f2.8 L USM　RDP3

この山間の小さなジャンクション（分岐駅）は、交替勤務ではあるが、ただ一人の駅員が切り盛りしている。岩泉線も山田線も非自動閉塞ため、彼らは通常の券売業務・窓口業務の他に、二つの路線の列車の運行状況の確認、および閉塞器の操作など、多様の業務をたった一人でこなさねばならない。

ある晩秋の夜、季節を先取りしたかのような寒さに震えながらホームでカメラを構えていた私に、この日の当番だった駅員は「寒いだろ、中に入んなよ」と駅務室に招き入れ、インスタントコーヒーまで入れてくれた。恐縮しつつ中に入り、しばし雑談となった。「ここはなんでも一人でやらなきゃならないから、大変ですね」と私が言うと、駅員は「いや、前は（勤務地が）盛岡駅だったけど、盛岡は大きすぎてなあ･････　駅員が200人だからなあ。こっち（茂市）は一人だし、俺はこっちのが気に入ってる」と笑って応えた。

なんだかこの駅員さんが、ちょっぴり羨ましかった。

8 第３章 大山塊に囲われた「鉄道情景の箱庭」 9/20 10

鉄道員（ぽっぽや）の情景

8 第３章　大山塊に囲われた「鉄道情景の箱庭」　9/20 10