6 第３章　大山塊に囲われた「鉄道情景の箱庭」　7/20 8

群青色の挽歌（エレジー）

岩手大川　Canon EOS1N HS　Tokina AT-X80-200mm f2.8　RVP

岩泉線の午後一番の列車は、茂市を15時35分に出発する685D岩泉行きである。

前述のように、貨物鉄道として開業した岩泉線の線路は、集落の中心を避け、谷を囲う切り立った崖の縁をなぞるように敷かれている。そのため、この列車がやってくる頃には、線路端はすっかり陰になってしまう。日の長い時期でも、ところによってはかくのごとし。685Dは撮り易そうで実は撮りにくい、誠にカメラマン泣かせの列車なのだ。

それでも日の長い4月下旬～8月中旬にかけては、岩泉線を撮るには絶好の季節と言えよう。日が高い分、場所を選べば685Dも太陽の下で撮ることができるし、他の季節であれば日没後で撮影を諦めざるを得ない686D（岩泉17時20分発、茂市18時12分着）や687D（茂市18時35分発、岩泉19時28分着）も、薄暮の中で撮ることができるからだ。

浅内　Canon EOS1N HS　EF 70-200mm f2.8 L USM　RVP

本日2本目の上り列車、17時30分発茂市行き（686D）が浅内駅に滑り込む。孫らしい少女を連れた老夫婦が列車に近づく。が、どうやら乗るのは旦那だけのようだ。手動ドアを開けて足が不自由そうな旦那を車内に押し込むと、老婦人は孫の手を引いて車掌に近づき、不安げな面もちで言った。「あの人、蟇目さ行ぐんだけど････」

蟇目（ひきめ）はこの列車の終点・茂市で山田線に乗り換えて一駅目。岩泉線から山田線に乗り換えるには、茂市駅の長い跨線橋を渡らねばならない。足が不自由な旦那さんにとっては、一人では難儀な乗換だろう。キハ52型気動車の高いステップと手動ドア、そして長い跨線橋。都会ならば「バリアフリー最低ランク」とでも言われるところだろうか･･････

若い車掌さんは笑顔で応じた。彼が何と答えたのかはよく聞こえない。しかし、老婦人の安堵した表情が、会話の全てを物語っていた。

浅内　Canon EOS1N HS　EF 70-200mm f2.8 L USM　RVP

686Dがホームを滑り出すと、少し離れたところで遊んでいた少年が駆けよってきて、祖母たちと一緒に列車に向かって手を振った。元気な少年の姿に、若い車掌さんもにこやかに手を振って応える。

ふと思う。岩泉線の列車がワンマンカーだったら、あのおじいさんはどうやって蟇目まで行っただろうか、と。おばあさんの手を借りて列車には乗りこむことができても、茂市のあの跨線橋を足の不自由な人が誰の手も借りずに一人で渡って乗り換えるのは大変だ。686Dが茂市に到着して687D岩泉行きとなって折り返すまで、23分間ある。この間茂市駅では山田線の上下列車の交換があるので、茂市駅員はそちらにかかりきりとなって、足の不自由なおじいさんの面倒まで見ることはできないだろう。とすると、おじいさんの手を引いて岩泉線のホームから山田線のホームまで連れていけるのは、あの若い車掌さんしかいない。

全国各地のローカル線で列車のワンマン化が急激に進行しつつある昨今だが、ワンマン化はこのおじいさんのようなお客さんにとって、鉄道利用の道を閉ざすことに他ならない･･････

若い車掌さんがおじいさんの手を引いて茂市の跨線橋を渡っている姿を思い浮かべながら、私は「ツーマンカー」っていいものだなあと思った。

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群青色の挽歌（エレジー）

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