第1章　空想の中の鉄道、再び　南部縦貫鉄道

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第１章　空想の中の鉄道、再び

南部縦貫鉄道（青森県／1997年休止）

私の写真をお見せする前に、少々長い物語をお許し願いたい。全長わずか10メートル、車重9.5トンの、小さくてユーモラスな2両のレールバスが細々と走っていた、南部縦貫鉄道という不思議な鉄道の物語を。

平成9年5月5日までこのような鉄道が存在したということは、日本の鉄道史上ほとんど奇蹟に近いことのように思える。その奇蹟を支えたのは、鉄道を何としてでも後世に残してゆきたいという地元や会社指導部の不退転の決意と、車齢10年程度のやわな車輌を30年以上安全に走らせ続けた現場の鉄道マンたちの驚くべき質の高さであった。普通の鉄道会社ならばとうに鉄道営業に見切りをつけていたであろう状況の中で、南部縦貫鉄道は不死鳥のように走り続けた。この鉄道がどのような状況の下で生き延びてきたかということを知れば知るほど、「まさに奇蹟であった」としか形容しようがない。

思えば、生まれるのが少し遅すぎた鉄道だったのかもしれない。

● 遅れてきた「拓殖鉄道」

幾多の苦難を乗り越えて南部縦貫鉄道千曳～七戸間15.4キロが開業したのは、昭和37年10月20日。すでに日本は戦後の混乱を乗りこえ、未曾有の高度経済成長に向かって邁進していた。道路網の整備が始まり、それに伴い自動車の台数も増え始めていた。鉄道は陸上交通の王者の地位を明け渡しつつあった。鉄道を敷設することで需要を喚起するという発想はとうの昔に時代遅れとなっており、北海道などに多くあった線路規格の低いローカル鉄道（「町営簡易軌道」「拓殖鉄道」など）の一部は、すでに廃線に追い込まれていた。

この頃を境に、鉄道の意味が大きく変わり始めていた。遠距離では航空機、近距離では自動車という二つの新しい交通機関が台頭し、鉄道を徐々に圧迫しつつあった。南部縦貫鉄道の開業のわずか11日後、東海道新幹線鴨宮モデル線管理区（神奈川県・鴨宮～相模川橋梁間）において、新幹線試作電車が時速200キロのスピードテストに成功。夢の超特急の誕生は、八方塞がりの鉄道界にのちに「中距離旅客輸送」という新たな活路を示すことになる。しかしそれは南部縦貫鉄道には無縁な話だ。結局、南部縦貫鉄道は「遅れてきた拓殖鉄道」として世に出ることになってしまった。

なぜ南部縦貫鉄道は「遅れてきた拓殖鉄道」となってしまったのか？　これには理由がある。

もともと南部縦貫鉄道は、旅客営業をあてにして作られた鉄道ではない。確かにこの地に鉄道が走ることは、鉄道という文明の恩恵から取り残されたかつての陸羽街道の宿場町・七戸を始め、沿線住民の明治以来の悲願であった。しかし、それを一挙に現実化の方向へ導いたのは、地元資本ではなく、国策会社である「むつ製鉄」であった。戦後の下北半島開発プロジェクトの一環として設立されたこの会社は、七戸・天間林の砂鉄鉱脈を原料として使用し、南部縦貫鉄道はその輸送用の鉄道として期待された。実際、資金繰りの悪化により二度に渡って中断されていた鉄道工事も、プロジェクトの事業主体である東北開発などから多額の出資を得て再開し、開業にこぎつけている。

戦時中長らく軍の要塞地帯として一般人の出入りが厳しく制限されていた下北半島を、戦後、国や青森県は高度成長の巨大なフロンティアとして売りだそうと躍起になっていた。しかしこのフロンティアは、周知のように大失敗に終わる。もはや臨海型重工業よりも、先端技術などの内陸型へと時代は移りつつあった。プロジェクトばかりが先回りしすぎて現実とかみ合わず、空しく空回りを繰り返した。そして、売れ残った広大な土地には、最後に「核燃料サイクル基地」という鬼子がやってくることになる。「むつ製鉄」も砂鉄を原料とした大規模な製鉄製鋼一貫工場となるはずであった。しかし、政府の認可を取ったまではよかったが、三菱グループをはじめ企業各社が採算が取れないとして動かず、事業化は断念された。

● 七難八苦の船出、そして再生

昭和40年4月、政府による「むつ製鉄」の白紙撤回によって、南部縦貫鉄道の営業収益の4割を担うはずであった砂鉄輸送は頓挫。たちまち経営は苦境に立たされる。そして開業から４年目の昭和41年5月には、ついに会社更生法の適用を申請。更にそれに追い打ちをかけるかのように昭和43年5月、十勝沖地震によって甚大な被害を被り、全線が不通となってしまう。この地震により、当時尻内（現：八戸）～五戸間を結んでいた南部鉄道は復旧を断念し廃止。南部縦貫鉄道も、当初期待された砂鉄輸送の見込みがなくなった以上、復旧せずにそのまま廃止されても一向におかしくない状況であった。だが、南部縦貫鉄道はこの大打撃から不死鳥の如く蘇る。しかもただの復旧ではない。

開業以来、南部縦貫鉄道と東北本線との接続駅は千曳であった。隣の野辺地とは違い、千曳は小駅であり、旅客鉄道の接続駅としては誠に心許なかった。こんなところにも、当初から旅客需要を度外視し、砂鉄輸送のための鉄道として企図された南部縦貫鉄道の性格がよく現れている。ちょうどこのころ、東北本線の複線電化に伴い、千曳駅付近の国鉄線の線路が新線へと切り替えられることになった。これを機に南部縦貫鉄道は昭和43年8月、不要となった東北本線千曳～野辺地間の旧線を借り受け（同時に旧・千曳駅は「西千曳」と改称。国鉄千曳駅は移転）、自社線の復旧と併せて野辺地への乗り入れをも果たす。権力と運命に翻弄され続けた悲劇の砂鉄輸送鉄道は、沿線の細々とした需要だけを頼りに、一地方鉄道として再生する道に自らを賭けたのである。

この決断について、後世の我々がなにがしかの評価を下すのは、難しい。鉄道会社とは営利事業体に他ならないという冷めた見方をするならば、答えは単純だ。時代錯誤の「拓殖鉄道」がモータリゼーションと過疎化の波を乗りこえて生き残れる可能性は、極めて低い。それは鬼籍に入ってしまった南部縦貫鉄道の先輩たちが身をもって証明していた。だが、営利事業体という前提で南部縦貫鉄道を分析のメスを入れてしまうと、平成9年5月5日までこの鉄道が存在し得たということ自体説明がつかなくなる。

南部縦貫鉄道が遺した「数字」だけを見ると、我々は慄然とせざるを得ない。野辺地乗り入れや高校への進学率上昇による若干の旅客増はあったものの、昭和57年以降、生徒数の減少により輸送人員は低下の一途をたどり、休止の2年前の平成7年には、一日の定期利用者 9人、定期外利用者30人までに落ち込んだ。鉄道会社として存続しているのがほとんど信じられないような数字である。そのうえ、沿線の農協などを荷主として続けられ、依然鉄道収益の半分以上を担っていた貨物輸送も、昭和59年の国鉄による野辺地駅での貨物取り扱い廃止によって接続駅を失い、廃止される。鉄道貨物輸送の衰退の中で、当時全国的な規模で進められていた合理化のあおりを受けた、一方的な切り捨てであった。平成9年5月5日の「休止」に至るまでの南部縦貫鉄道の姿は、まさに壮絶と言うしかない。「休止」の1～2年前には、かろうじて二桁台の乗車があるのは上りの始発列車のみ。あとは、鉄道ファンや団体利用を除くと、ほとんど空気を運んでいるような状況であった。

● 絶体絶命の鉄道業を35年間支え続けた、驚くべき経営努力

このような絶体絶命の鉄道業の赤字を、南部縦貫鉄道は多彩な副業で穴埋めし続けた。タクシー、スクールバス、学校給食の調理・運搬、塵芥収集、公共施設の管理・清掃、福祉サービス。このうち、とりわけ行政からの委託業務の割合は、行政側の合理化・業務外注化の傾向とともに増大し、平成８年には南部縦貫鉄道の営業収益の62.4％、従業員の73.5％を占めるまでになる。このような経営形態は、鉄道専業ではとても立ちゆかない地方鉄道経営に対する一つの注目すべき解答であると思う。南部縦貫鉄道では、主要株主も上位5位のうちの4つを沿線自治体が占め、社長も筆頭株主である七戸町の町長が就いていた。そういう意味で南部縦貫鉄道は、後年国鉄の特定地方交通線問題が浮上した折に注目されることになる「第三セクター鉄道」の先駆であったと言えるかもしれない。

併走道路の整備、乗客の大半を占めていた児童の減少、鉄道施設の老朽化と保守管理費の増大といった絶え間ない受難の中で、南部縦貫鉄道が最後の希望として仰いだのは、東北新幹線であった。東北新幹線の八戸以遠のルートは、その最終段階まで「ミニ新幹線方式」（山形・秋田新幹線のように在来線を改軌して新幹線車両を直通運転させる方式）か「フル規格での敷設」（在来線とは別に新幹線専用の軌道を建設する方式）かで紛糾していたため、着工は大幅に遅れていた。もし「フル規格での敷設」が実現すれば、七戸には新幹線の新駅が誕生する予定であった。南部縦貫鉄道はこれに全てを賭けた。七戸新駅開業の折に、南部縦貫鉄道もまた新駅に乗り入れ、新幹線ルートからはずれる野辺地・下北方面へのアクセス鉄道として機能できる。

昭和59年、南部縦貫鉄道株式会社は、特定地方交通線・第一次廃止対象路線として廃止が決定していた国鉄大畑線（下北～大畑間）の路線を引き受けに名乗りを上げる。将来は野辺地～下北～大湊間の国鉄大湊線も引き受け、新幹線七戸駅～野辺地～下北～大湊・大畑間を一貫して経営しようという壮大な構想であった。この雄大な構想を実現するために、同年南部縦貫鉄道は借入金を繰り上げ返済して、更正計画を終了させている。更正会社のままでは大畑線引取先立候補に際して不利であるという判断からであろう。この計画は結局、自社地盤への他社の参入を嫌った地元のバス会社・下北バス（現・下北交通）が大畑線を引き受けることによって幻に終わる。

この構想が実現していたら、下北半島の鉄道事情は今どんな風になっていただろう･････。国鉄大畑線の下北交通への転換から15年。かつて下北制覇の雄図を抱いた南部縦貫鉄道が「休止」に追い込まれてから4年。ついに下北交通は、本業のバス事業をも揺るがしかねないほどの「お荷物」となってしまった大畑線の廃止を決定。平成13年3月末日をもって、様々な想いが渦巻いた大畑線もまた、歴史の彼方へと消えてゆく･････。

● 平成９年春、南部縦貫鉄道「休止」

南部縦貫鉄道自身の終焉は、あまりに唐突にやってきた。きっかけは国鉄精算事業団から借り受けている形になっている旧・東北本線の路線部分（野辺地～西千曳間）であった。国鉄精算事業団は、この用地を買い取るか返還するよう南部縦貫鉄道に「要請」してきた。買収費用として提示された金額は約5100万円。やっとの思いで生きながらえている南部縦貫鉄道に、そのような余力などあるはずもない。そればかりではない。施設の老朽化も甚だしく、この先数年間で必要な車輌・施設の保守管理費だけでも、約4億円に上ると試算されていた。もはや鉄道存続への全ての望みは失われた。平成9年1月、ついに株主総会で鉄道廃止が承認される。廃止は同年3月末と決まった。

ところが廃止が決定したとたん、思いがけない事態が発生する。南部縦貫鉄道の廃止を聞きつけた全国の鉄道ファンが、レールバスの最後の勇姿を見ようと押し掛け、皮肉なことに開業以来空前の乗車率を記録したのだ。定期列車の10分後に続行運転をしても乗客をさばききれず、整理券をもらわないとレールバスに乗れないという異常事態。沿線には連日、鉄道ファンのカメラの放列が延々と続く。今ごろになってなぜ･･････なんという皮肉な現実だろう。

思いがけないところから、わずかに再生への道が見えてきた。南部縦貫鉄道の経営陣も戸惑ったに違いない。その後の南部縦貫鉄道の動きには、戸惑いの様がありありと見えるようだ。3月末の予定であった廃止は5月5日に延期され、正式な廃止申請はぎりぎりまで保留され続けた。やがてひとたび決定された廃止は覆され、「休止」となった。その一方で、懸案の旧・東北新幹線の借受地も、国鉄精算事業団から買い取る。地元の熱意で支えられてきた鉄道ではあったが、生活路線としてこの先やっていける保証は亡きに等しい。それでも最後の最後まで再生に賭けようとしているのは、これだけ全国の多くのファンに愛された鉄道の灯を絶やしてはなるまいという使命感からだろうか。

平成9年5月5日、18時35分野辺地発七戸行きの最終列車が通り過ぎて以降、「休止」となった南部縦貫鉄道のレールの上を走った列車はない。しかし、南部縦貫鉄道は今も再生する意思を捨ててはいない。当初は「休止」１年後の1998年5月までに路線復活か廃止かを決定するということになっていた。しかし、その後「休止」は毎年１年ずつ延長され続けており、最終的には東北新幹線の七戸駅開業まで保留されるものかと思われる。その東北新幹線八戸～新青森間は、南部縦貫鉄道「休止」の翌年の平成10年、南部縦貫鉄道および七戸町にとって念願の「フル規格」方式でようやく着工された。この区間が完成するのは平成20年ごろと言われている。

今、レールバスの走った鉄路は草蒸し、閉鎖された駅舎や路盤は自然に還ろうとしている。「休止」であるから、もちろんレールは剥がされていない。しかし、かつても1日わずか5往復だったとはいえ、列車を走らせるために注がれていた努力が途絶えてしまうと、鉄道の姿はこうも変わり果ててしまうものなのだろうか。私は縦貫を追いかけてさまよい歩いたあの冬のことを思い出した。八甲田から吹き下ろす容赦のない強風。今年の冬もまた、列車の来ない縦貫のレールは、雪の下であの「八甲田降ろし」に耐えているのだろうか･････。

南部縦貫鉄道の復活への道のりは、遠く厳しい。風化した路盤を治し、駅舎を建て替え、車輌を整備するだけで、小さな地方私鉄にとっては気の遠くなるような費用がかかることは明白だ。また、頼みの綱の東北新幹線・七戸駅が開業しても、連絡鉄道としてどれだけやっていけるのか疑問符も残る。「どんな形でもいいから復活させて欲しい」という言葉が喉元まで出かかっているが、私はそれを声高に叫ぶことはできない。それはあまりに無責任で、独りよがりな言葉になってしまうから･････。やり場のない怒りともどかしさだけが、傍観者になりきれない私の胸の底に残っている。

最後に一言、私自身のことについて述べたい。まさに痛恨の極みであるが、8年間9度に及んだ私の「縦貫詣で」は、休止直前の春を除き、全て真冬であった。当時の私は異常に「冬」にこだわり続けた。この鉄道の真の魅力は、人を寄せ付けない厳しい自然の中にあるものと思い込んでいた。しかし、それは自分の脳内で勝手に作り上げたイメージだったのかもしれない。雪は全ての夾雑物を消し、泥臭い現実を観念が作り上げたイメージの世界へと限りなく近づける。一度でも雪のない季節に足を運んでさえいれば、そのようなイメージは払拭できたかもしれない。源新英男氏を始め多くの他の「縦貫ファン」の方々の作品に触れ、四季を通じて輝くこの鉄道の真の魅力に気づいたときには、すでに時遅しであった。この章の標題には、そんなちょっとした悔恨の意も込められている。

(執筆　2001年1月1日)

●参考文献

「鉄道ピクトリアル1997年4月臨時増刊号／＜特集＞東北地方のローカル私鉄」
　　「ローカル民鉄の現状と近年の動向～東北のローカル私鉄～」（佐藤信之）
　　「現有私鉄概説　下北交通」（鈴木宏治）
　　「現有私鉄概説　南部縦貫鉄道」（藤山拓）

「鉄道ピクトリアル1997年　第47巻4号」
　　「廃止が決定した南部縦貫鉄道」（遠藤浩一）

「巨大開発30年の決算　―検証・むつ小川原―　第２部・色あせた”国策”」東奥日報2000年1月24日～2月1日連載

「鉄道ジャーナル1994年1月号／＜特集＞新幹線30年・鉄道高速化の意義を考える」
　　「東北新幹線盛岡～青森間の全線フル規格化について」（青森県　企画部新幹線・交通政策課）

所澤秀樹『国鉄の戦後がわかる本　下巻』山海堂　2000年4月

源信英男『写真集　南部縦貫鉄道』無明舎出版　1994年8月

源信英男『南部縦貫鉄道』BeeBooks　1996年7月

　

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第１章 空想の中の鉄道、再び

南部縦貫鉄道（青森県／1997年休止）

● 遅れてきた「拓殖鉄道」

● 七難八苦の船出、そして再生

● 絶体絶命の鉄道業を35年間支え続けた、驚くべき経営努力

● 平成９年春、南部縦貫鉄道「休止」

●参考文献

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第１章　空想の中の鉄道、再び