第2章　最後の夏が逝く　野上電気鉄道

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第２章　最後の夏が逝く

野上電気鉄道（和歌山県／1994年廃止）

まさに刀折れ、矢尽きて果てたと形容するしかない。

野上電気鉄道の末路は、あまりにも悲惨であった。平成6年3月31日の鉄道線廃止とともに、「野上電気鉄道株式会社」自体も解散を余儀なくされた。戦後のモータリゼーションの波の中で、多くの地方鉄道が廃止の憂き目にあったが、経営母体である鉄道会社自体はバス事業やその他の副業に営業の中心をシフトさせ、そのほとんどが会社を存続させている。会社そのものが消滅してしまったという例は、少なくともこの20年ほどの間には、野上電気鉄道以外一つもない。

私がはじめて野上電気鉄道を訪れたのは、平成5年8月。すでに同年6月15日の定期株主総会で会社解散の意向が株主に報告されており、緊迫したムードが漂っていた。休日ともなると、沿線にはカメラを構えた鉄道ファンが散見された（もちろん、自分もその中の一人であったのだが）。ところが、至る所に「構内、車内での写真撮影禁止」の張り紙や立て札があり、有人駅ではホームからの撮影すら許してもらえなかった。鉄道ファンに対する駅員の態度も悪く、私も終始不快な印象を受けた。

しかし、鉄道ファンが目障りだという心情は、分かる。会社解散という異常事態を前に、ただでさえ将来に不安を感じている駅員や乗務員にとって、廃止の噂を聞きつけて群がる鉄道ファンの姿は、あたかも死神のように映ったのかもしれない。自分たちの存在が彼らの神経を逆撫でしているということが分かっていたからこそ、ぶっきらぼうでかたくななこの鉄道の社員の態度に接するたびに、私はやり場のない怒りと、深い絶望を感じた。なぜこんなことになってしまったのだろうか？　なぜこのように悲惨な結末を回避することができなかったのだろうか？

● 欠損補助金で廃止の危機を乗り切る

野上電気鉄道は、大正5年2月4日に日方～紀伊野上間8.8キロが開通、昭和3年3月29日には紀伊野上～生石口（昭和33年に「登山口」と駅名変更）2.6キロが開業して、全通（※1）した。昭和40年度の輸送人員は300万人、輸送密度は4138人／km日であるから、このあたりまではまずまず順調であったといえよう。しかし、この後はマイカーに押され、利用客が激減し始める。そしてついに昭和46年7月20日、野上電気鉄道は臨時株主総会を開催し、鉄道を廃止しバス転換する方針を提示。翌47年2月8日には、沿線自治体で構成される「野上電鉄対策協議会」も、助成は困難としてこの方針を支持。ついに48年4月23日には、沖野々～登山口間の廃止申請が運輸省に提出されるに至る。

しかし、ここで皮肉な運命の変転が訪れる。昭和48年12月、第一次オイルショック。順調に高度経済成長への道を歩んできた日本に突如として降り懸かったこの災厄は、瀕死の状態であった野上電気鉄道に思わぬ再生のチャンスを提供することになる。「マイカー」よりもはるかにエネルギー効率が良い「鉄道」を見直すべきだという世論が盛り上がりを見せる中で､野上電気鉄道でも、沿線住民による鉄道廃線反対運動が活発化しはじめ、それまで「鉄道廃止はやむなし」としていた沿線自治体もまた、一転して「鉄道廃止反対」の方向へ動き出したのである。現にオイルショックを期に乗客数も若干の増加傾向を見せており、会社側もこれらに押されるように、昭和49年5月29日の定期株主総会において、「欠損補助金の交付を受けながら当面の間鉄道を存続させ、条件が整い次第バス転換する」と方針を修正。翌50年2月14日には、運輸省に提出していた沖野々～登山口間の廃止許可申請も取り下げられ、野上電気鉄道は一転して鉄道存続に向けて動き出す。野上電気鉄道に対する最初の欠損補助金の交付は、これに先立つ昭和49年12月20日であった。

ここで地方私鉄に対する欠損補助制度について、少々触れておこう。欠損補助制度とは、鉄道軌道整備法（昭和28年制定）第8条第2項に基づき「1日の輸送人員が8千人以下で、ラッシュ1時間では1千人以上の利用者がある、代替輸送機関のない地方中小私鉄」（ただしバス転換が著しく困難な路線は除外）を対象に行われるもので、各年度の赤字額を国と地方自治体が2分の1ずつ補助する制度である（※2）。当初「国が予算の範囲内で欠損金の額に相当する額を限度として補助するもの」となっていたが、昭和47年度からは「欠損額を国と地方公共団体が折半して負担する」と改定された。財政基盤の脆弱な沿線自治体に折半させるというのは、沿線自治体側はもちろん、補助を受ける鉄道会社にとっても大変厳しい条件であり、この条件が付加されて以降の出来事であった野上電気鉄道の「逆転劇」の意義は大きい（※3）。

● 頓挫する再生計画、そして再び廃止の危機へ

ひとまず欠損補助によって危機を乗りこえた野上電気鉄道は、まず30分間隔の運転（1日31往復）によってフリークエンシーの向上を試みる。それまでの野上電気鉄道の在籍車輌は10両であったが、これでは最大出庫時の予備車がわずか1両となってしまうため、富山地方鉄道から余剰となった4両の電車を購入（うち1両は改造工事のさいの火災で焼失）。昭和50年2月より増回に踏み切る。しかし、オイルショックによりひとたび盛り上がった鉄道存続へのラブコールは、野上電気鉄道が危機を脱すると同時に薄れ、再び緩慢な衰退の陰が野上電気鉄道を脅かしはじめていた。結局、昭和58年1月には、野上電気鉄道は45分間隔運転（1日23往復）へと大幅な減回を余儀なくされる。

更に、野上電気鉄道にはもう一つ、頭の痛い問題があった。年々著しくなる施設の老朽化である。線路規格や橋梁の強度不足などで制約の多かった野上電気鉄道にとって、施設の近代化は並大抵のものではなかった。しかし、車輌の部品の手当もままならない以上、これは断固として行う以外にない。ところが、野上電気鉄道が建てた一連の近代化計画は、まさにお粗末としかいいようがなかった。平成2年、水間鉄道（大阪府）より昇圧により不要となった電車5輌を譲り受け、老朽化した車輌の更新に当てようとした。が、モーターをはずしても車重が30tを越えるため、貴志川橋梁（沖野々～野上中間）の強度不足がネックとなり、使われないまま長らく放置されたあげく、翌年には解体されてしまった。車体はタダ同然とはいえ、輸送費と解体費だけで数百万円はかかっていたはずで、あまりにも杜撰な施策であった。その後、全国どこを探しても自社線に合った車輌がないことが分かると、野上電気鉄道は武庫川車輌に新型電車・80形（※4）の設計を依頼。この電車を走らせるために、一部の架線柱をコンクリートポールに交換する工事にも着手した。ところが、この一連の近代化計画には約10億円もの資金が必要であり、しかも財源の6割を沿線自治体からの補助をあてにしての計画であった。そのため、さすがに沿線自治体もこれには難色を示し、平成4年8月、「企業努力の不足」を理由に、近代化計画への補助を断っている。欠損補助金で長らえてきたという経緯がこのような経営体質を作り上げてしまったとは思いたくないが、あまりに情けない話だ。

野上電気鉄道がこのような行き詰まりの状況の中にあるとき、更に悪いことに運輸省が地方中小私鉄に対する欠損補助制度自体の見直しを検討しはじめた。助成基準を満たしていない事業者や欠損補助が10年以上恒常化している事業者があまりに多いこと、旧国鉄赤字ローカル線を引き継いだ第三セクター鉄道への欠損補助制度（転換後5年に限り欠損額の半分が補助されるが、以降は打ち切り）との間に整合性をもたせる必要があることなどがその理由であった。平成4年9月8日、運輸省は野上電気鉄道および宮城県の栗原電鉄の2社に対し、欠損補助金打ち切りを通達。栗原電鉄は地元との協議の結果、第三セクター鉄道（地方私鉄からの転換としては初の例）として再生することが決まったが、野上電気鉄道経営陣はこの内示の直後、早々に鉄道・バス全路線の廃止と会社解散の方針を明らかにする。近代化計画も頓挫し、将来へのメドが全く立たない絶望的な状況にあったとはいえ、このあまりのあきらめの良さには唖然としてしまう。

● 二度目の奇跡は起こらなかった･････

この方針には、当然地元や従業員の中から再び猛反対の声が上がった。私鉄総連の幹部が野上電気鉄道本社を訪ねて事情を聞くという場面もあったという。「代替輸送が確保できなければ廃止を認めない」という運輸省からの行政指導もあり、当初表明されていた平成5年3月末日での廃止はひとまず回避されたが、事態はもはや絶望的であった。野上電気鉄道の平成4年度の鉄道部門の赤字額は1億4300万円、バス部門（営業距離61km、保有車輌数8）も含めた全事業での赤字額は2億4400万円にも上っていた。バス事業の他に兼業もない以上、助成なくしては経営が成り立つような状態ではなかった。結局、平成5年6月の株主総会において、ついに路線廃止と会社解散は正式承認される。

野上電気鉄道の決定を受けて、沿線自治体の首長などで形成する「野上電鉄対策協議会」は、独自に鉄道存続の道を模索し始める。協議会からの依頼を受けて、平成5年8月、大阪市のコンサルタント会社・中央複建は「地元の足をどう確保するか」について調査を開始。しかし調査の結果、老朽化した車輌・施設の更新・近代化に20億円以上の投資を要すること、またそうしたとしても年間1億円程度の赤字は免れないことが判明し、結局、残された道はバス転換のみとなった（※5）。紆余曲折の末、最終的にこれは、野上電気鉄道のバス事業を引き継ぎたいと名乗りをあげた海南市の運送会社「大十株式会社」に任されることになる。

平成6年3月31日、大勢のファンが見守る中、野上電気鉄道の電車は最期の運行を終えた。通常の2両編成（モハ26＋モハ25）に急遽モハ24を増結させ3両編成となった登山口行きの最終電車は、別れを惜しむ人々で賑わい、積み残しも出るほどの超満員であったという。そしてこの日をもって、野上電気鉄道株式会社もまた、バス部門を「大十オレンジバス」に引き継ぎ、消滅した。二度目の奇蹟は、ついに起こらなかった。

(執筆　2001年3月1日)

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野上電気鉄道には、その先高野山方面への延長計画があり、そのうち生石口（当時）～神野市場間4.7キロは延長工事の認可を受けて一部を着工したが、一部の株主から強硬な反対論が出て、これは未完成に終わった。建設反対派は「前進会」という組織まで結成して会社側に対抗し、すでに工事に着手していた業者と三者三様の意見が激突。最後は見るに見かねた衆議院議員と海南市長が仲裁に入り、業者に損害賠償を払って決着したというから、この建設反対運動のエスカレートぶりは大変なものだったことがうかがえる。未成区間には今も、貴志川にかかる橋脚の跡などの遺構が残っている。

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鉄道軌道整備法に基づく地方中小私鉄に対する欠損補助制度は、野上電気鉄道廃止後、平成9年度交付分5社2億6100万円をもって終了した。野上電気鉄道と宮城県の栗原電鉄に対する欠損補助の打ち切りは、この制度自体の廃止のほんの序章にすぎなかったと言える。

（※3）←ここを押すと本分の指定の箇所へ戻ります
例えば、野上電気鉄道への欠損補助が打ち切られた平成4年度の助成額がどのくらいになるか、参考までに記す。ちなみに、助成対象になるのは鉄道部門だけ。算出方法は、前年度（この場合は平成3年度）の鉄道部門の欠損額（1億1340万円）に平成4年度の赤字額（1億4300万円）を足して2で割る。すなわち1億2820万円が、平成4年度の野上電気鉄道に対する欠損補助額である。この額を、国と沿線自治体は下記のように分担して助成していた。

　　　　　　国･････6410万円（2分の1）
　　　和歌山県･････3205万円（4分の1）
　　　　海南市･････1826万8500円（4分の1の57％）
　　　　野上町･････1057万6500円（4分の1の33％）
　　　　美里町･････320万5000円（4分の1の10％）

野上電気鉄道の提示した杜撰な近代化計画への補助を断るなど、後年野上電気鉄道経営陣との間にはいろいろと摩擦もあったが、昭和49年から平成5年までの19年の長きに渡って、沿線各自治体は野上電気鉄道に対して上記の割合で助成をし続けていた。その意味では、野上電気鉄道もまた、第3セクター鉄道や沿線自治体の首長が社長を務める南部縦貫鉄道と同じく、地元の強いマイレール意識に支えられていた鉄道であったと言えよう。

（※4）←ここを押すと本分の指定の箇所へ戻ります
80形は、全長13.8m、両運転台でワンマン仕様、最高速度45キロという、野上電気鉄道オリジナルの車輌となる予定で、設計図も完成していたが、運輸省による平成4年9月8日の欠損補助金打ち切りの決定によって、野上電気鉄道自体が廃止・解散の方針に転じたため、図面のみの幻の車輌となった。

（※5）←ここを押すと本分の指定の箇所へ戻ります
この後、野上電気鉄道筆頭株主の小竹林二氏（明光タクシー代理人）より、「沿線住民と関係自治体の理解と協力が得られるのであれば、運用資金なども含めて協力したい」との申し出があり、会社解散後新会社を発足させて、施設を買収、鉄道を存続させるとの構想が急遽打ち出されたが、結局資金面で折り合わず、この構想は幻に終わった。

●参考文献

「Rail Magazine 127号／＜特集＞がんばれ！ローカル私鉄」
　　「さようなら･･･野上電気鉄道」（寺田裕一）

「鉄道ジャーナル1993年　5月号」
　　「廃止のせとぎわに立つ野上電鉄」（寺田裕一）

「鉄道ピクトリアル1993年　第43巻5号／＜特集＞地方鉄道の近代化」
　　「鉄道の話題　運輸省が私鉄欠損助成を見直し」

VHS「さようなら野上電気鉄道」製作／ビコム株式会社　1994年7月

野鉄資料館　http://member.nifty.ne.jp/tsugita/trust/notetu/nodata.htm

香川正俊『第３セクター鉄道』成山堂書店　2000年6月

special thanks 「つばめ92号」様、「北斗パパ」様

　

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野上電気鉄道（和歌山県／1994年廃止）

● 欠損補助金で廃止の危機を乗り切る

● 頓挫する再生計画、そして再び廃止の危機へ

● 二度目の奇跡は起こらなかった･････

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